〈社会〉を生きるとは「欠落を埋め合わせるために前に進む」こと。我々を苛立たせる不完全さや欠落感に満ちています。〈世界〉を生きられるなら〈社会〉に戻らず〈世界〉に居続けるほうが至福です。至福体験のなだらかな延長線上に死があるなら、死こそニルヴァーナかもしれない。殺人を含めて死を忌避する理由はないはずです。