だってあいつら歌詞が中学生から進歩してないじゃない。吐息漏れすぎ。世界終わりすぎ。ガラス割れすぎ。僕狂いすぎ。鼓動張り裂けすぎ。あの頃に戻れなさすぎ。冷たい雨降りすぎ。虹追いかけすぎ。薔薇咲きすぎ。桜散りすぎ。永遠求めすぎ。都会冷たすぎ。心からっぽすぎ。夜長すぎ。独裁者出てきすぎ。ペテン師も出てきすぎ。遺伝子書き込まれすぎ。僕が壊れすぎ&貴方を壊しすぎ。記憶鮮やかすぎ。吐き気がしすぎ。ナイフ突き立てすぎ。声枯らしすぎ。桜散りすぎ。胸にトゲ残しすぎ。空を見上げすぎ。あと、それから……
20分後の未来。そこは電源スイッチのない、点きっ放しの (消すと法律で罰せられることになっている) テレビが存在し、政治・経済などあらゆる物事がテレビの視聴率によって決定される世界でもある。
こないだバイトしてるコンビニに暴力団風の男が来たんよ
会計が893円で思わず吹きそうになった。
その人が俺のほう睨みつけながら1003円出したら
お釣りが110円で耐え切れず本当に吹いてしまった。
ちなみにメビウス氏は宮崎駿とも交遊があり、自分の娘さんに「ナウシカ」と名づけたそうです(豆知識)。
音楽家のヤン富田氏は著書のなかで、かつて試したある作曲法について書いている。まずはレコード屋さんへいき、もっともかっこいいジャケットデザインのレコードを買ってくる。しかし、レコードを聴いてはならない。ジャケットを眺めながら「このレコードに収録されているのはいったいどういう音楽か」を想像し、作曲をするのだ。
「今は技術的にはなんでもできる。WordPressの技術なんか誰でもコピーできるだろう。でもコミュニティはコピーできない。だからコミュニティを維持するために何ができるか考える。そういう意味ではデザインやユーザビリティはとても大事だ。いつもそのことについて考えている。」
4マスでの広告にトンマナを合わせてバナーつくって、トンマナ守りながらちょっと膨らませたかんじのウェブサイト(特設サイト)つくって、楽しんでもらいたいからゲームコンテンツなんかを用意して、ギブアウェイってかんじで壁紙やスクリーンセーバー提供して、ちょっと新しいこともしたいからRSSでトピックス配信して、メルマガ会員獲得してメールでリマインドして、あと予算あるからデスクトップアプリとかも作って、ユーザーのブログに貼ってもらえるブログパーツなんかも配っちゃいましょう!!もう完璧ぃ~~。
僕の持論だけど、オモチャを買う楽しみには三つある。ひとつめは、買おうかどうか悩んでいる時。ふたつめは、買う瞬間。みっつめは、「買っちゃったよ~」とかみしめる時だ。
しかし、この三つを通り過ぎたあとで、ず~っと後になって忘れていた頃に「あ、これ持っていたんだよなぁ」とシミジミ思い出すのが、いちばんたまらない。
Cloud computing becomes fog when it goes down
30歳になったら1歳ずつ若返って最後は0歳になって死にたい・・・
最近よく思うのですが耳にイャホンやヘッドホンをつけてなくっても音が直接聞こえる新しいバージョンのipodが出ていてみんなはそれを使っているので平気なのではないでしょうか? そしてその新しいバージョンは直接頭脳に音楽が聞こえてくる仕組みでもちろん手術で頭の中に埋め込まなくてはいけないでしょう。高いのではないでしょうか。今の私には新しいバージョンで手術を受けるだけのお金が用意できないでしょう。でもとっくにみんな多くの人がその手術で新しいバージョンになっていてそうしたらどんなに楽しくて快適でいやなことがひとつもない暮らしなんだろうと羨ましくて悲しくなってきます。相談できる友人にも聞いてみたのですがそんなことはないと私だけではないと言ってくれるのですが私はやっぱり信じられないのです。その友達がイャホンをしていないのに音楽が常に流れているように楽しそうに笑ったりしているのを見ると憎くて裏切られた気持ちになってきます。私だけが新しいバージョンの知らせを受けていないのでしょうか?
ソビエト連邦の元首だったニキータ・フルシチョフ。冷戦時代を象徴する恐ろしい人物である。国連の会議で靴を脱ぎ,その靴でテーブルを叩くという行動をとるような人物だ。その彼は自由化を推進するため,故スターリンの独裁者ぶりを痛烈に批判した。スターリンが行った残虐行為を世界に向け次々と暴露していったのだ。
その彼がアメリカで記者会見をしたことがある。予めリストにして提出されていた最初の質問が読み上げられたのだが,これがなかなか辛らつなものだった。「あなたは,激しくスターリンを批判した。しかし,あなたはスターリンの親しい後輩だったではないか。スターリンの存命中,あなたは一体何をしていたのか」というのだ。
フルシチョフは怒った。「だれがその質問をしたんだ!」。普段は口やかましい記者たちが,珍しく沈黙した。シーンとなった会場を見渡し,彼が再び吼える。「その質問を書いたのは,一体だれだと聞いているんだ!」。長い静寂のときが流れた。そこでやおら,フルシチョフはこう言った。「私が当時やったのは,これです。今のような沈黙です」。
はてなは頭の良い人が頭の良い事やってる
カヤックは頭の良い人が馬鹿な事やってる
ペパボは馬鹿が馬鹿やってる
う~ん……結局、生きているのはヒマつぶしだからね。つぶし方が面白いかつまらないかだけだからね。きっとね、死ぬのって気持ちいいと思うんだ。自殺する人が怒られるのは、おいしいショートケーキのイチゴを先に食べてしまうからなんだ。パンケーキの部分もちゃんと食べなきゃダメ。そして、楽しくヒマをつぶさなきゃ。
ジョン・ケージはかつてこう言った。
「彼らはこんな曲なら自分にも書けるという。しかし彼らはそれをしない」
車内で隣に座っていた女子高生からメモを渡された。
ドキドキしまくりでメモを読んだ。「ヘッドフォンうるせえ」
生産者であることと消費者であることは同時でなくてはいけないのに、私たちの社会はほとんどが消費者だけで占められてしまった。生産者も消費者の気分でいるというのが大きな問題だと思います。
それは自分たちの職場で感じます。人を楽しませるために自分たちの職業で精いっぱい力を尽くすのではなく、それもやるけれど、ほとんどの時間は他人が作ったものを消費することによって楽しもうと思って生きていますね。
それは僕のような年寄りから見ると、非常に不遜なことであるという風に、真面目に作れという風に、力を込めて作れという風に(感じ)、「すべてのものをそこ(作品)に注ぎ込め」と怒り狂っているわけです。だから全体的なモチベーションの低下がこの社会を覆っているんだと思います。
素材の情報より、スタジオでみのもんたが大げさに憤ってみせるコメントのほうを視聴者(特に女性)は喜ぶからだ。私がNHKに勤務していたころ教わったのは、「典型的な視聴者は、50歳の専業主婦で高卒だと思え」ということだった(politically incorrectだが)。
たぶん民放はもっと低く設定しているだろう。それが市場メカニズムでは正解である。1億人の知的水準の平均値は、当ブログの読者には想像もできないぐらい低いのだ。
今日アメ横歩いてるとき、大音量のドラムンベースが前から近づいてきたと思ったら佐川の人が台車押してるだけだった
Keep, Problem, Tryの3ステップで、弁証法的にブレストをやる方法。
Keep: 現状を今後もキープすべきよい点をあげる。
Problem: 現状でプロブレムを引き起こしている点をあげる。
Try: これからトライすべき点をあげる。慣れていないと、つい問題点を指摘してしまうのだが、今はキープの時間だからとにかくよいところを探してください、ポジティブな言い方を考えてくださいと言い続けていると、だんだん言えるようになってくる。
"Design is not just what it looks like and feels like. Design is how it works." -- Steve Jobs, The New York Times, 2003
電球「俺切れたら周りとか見えなくなるタイプだから」
n-clickを1-clickにすると商売になる。1-clickを0-clickにすると革命になる