アイヌの間では惚けた老人が訳の分からない言葉を口にする様に対して、周囲の者たちは「ああ、神様の世界に近づいたから神様の言葉を喋り始めたのだな」といった弾力的対応をする
何かをつまらないと思ったら、それは自分自身がつまらないからだ
二つ断言できることがある。第一に、僕は君を愛してる。第二に僕はアーティストじゃない。……言ってほっとしたよ。僕はアーティストじゃない
何かの役にたつかどうかで作品を評価するのはもうそろそろやめにしないか。
じゃないとすべての創作物は一台のノートパソコンに負けてしまう。
先月、ある小学校へ図工を教えに行ったときのこと。泡のハンドソープしか使ったことない子がいて、固形の石鹸からは上手に泡立てることができなかった。手の大きさは関係なくて、手の形が大事なのよ、たまごを両手でつつんでなでなでするようにしてごらん、ってお母さんから教わってないっていうことだった。
岡崎★ アレグザンダーがつくった《盈進学園》の間邁は、あの学園が塀で囲われていたということですよ。少年院みたいに。
パタン・ランゲージを超えて、そこにメタレベルの別の亀裂囲いが入ってしまった。
(略)
アレグザンダー自身はこの塀を外したかったらしい。彼のランゲージではない。定かではありませんが。で、失敗といえば塀ですね。
柄谷▲ 「ヘー」(笑)、ということで。
磯崎■ ちょうどぴったりの時間になって、今日の話の落ちがでました。どうもありがとうございました。
情報量が多過ぎる中で、それをそのまま提示しても読者が受け止められないというときに、どう縮減するか。その縮減のしかたの一つとして、キャラクターというのがあるんだと思うんですね。
例えば夏目漱石の「吾輩は猫である」は書籍だと610ページ(新潮社の文庫の場合)。青空文庫ではこれがわずか732KB。
Flexコンテンツ系のガチなプログラマーに、無理矢理Flashの広告コンテンツをお願いして、大幅に動きのディレクションしたけど、色々至らなかった時のイメージ
メロスは精一ぱいにうんと見せつけて、正直者とかいう奴輩に、正直者とかいう奴輩にうんと見せつけて、正直者とかいう奴輩にうんと見せつけて、てれては揉み手しては、単純な男であったのだ。
女子は思ったより依頼心が強く、割合的には少ないが致命的な幻想に浸っている。男子は、大体がバカで、残りは去勢されている。
宇野:というか、僕はもとから2.0ですよ(笑)。
東:もとから2.0ってなんだよ(笑)。